言葉の花      花や自然、暮らしをテーマにしたコラムです。
Vol.1 櫻・桜・さくら・サクラ・・・[4/5]
Vol.2 花は紅、柳は緑 [4/26]
Vol.3 あめ・雨・つゆ・梅雨 [6/26]
Vol.4 暑中お見舞い申し上げます [7/30]
Vol.5 残暑お見舞い申し上げます [8/30]
Vol.6 暑さ寒さも彼岸まで [9/21]
Vol.7 秋本番─紅葉・落葉のシーズン [10/29]
Vol.8 晩秋から初冬へ [11/29]
Vol.9 21世紀スタートの年も10日余り [12/25]
Vol.10 寒中お見舞い申し上げます  [1/25]
Vol.11 余寒お見舞い申し上げます  [2/15]
Vol.12 弥生三月、春は曙・・・  [3/4]
Vol.13 春一番、春霞、おぼろ月夜・・・ [3/18]
Vol.14 春、万物は蘇り、清明の候 [4/4]
Vol.15 春雨降り、百穀を潤す。 [4/16]
Vol.16 風薫る五月、八十八夜、端午の節句、立夏。[5/1]
Vol.17 万緑、青嵐の候。光眩しい夏祭り。 [5/27]
Vol.18 梅雨、梅雨前線停滞し、水田をうるおす。 [6/26]
Vol.19 真夏日、熱帯夜、台風の当たり年 [7/31]
Vol.20 晩夏、しのびよる秋、されど厳しい残暑 [8/31]
Vol.21 秋晴れ、秋冷、鰯雲、富士山に初雪 [10/8]
Vol.22 九州からも雪だより、晩秋、初冬 [11/21]
Vol.23 今冬は暖冬との予報、しかし、寒気来襲の予感。[12/17]
Vol.24 七草、小正月、どんど焼き・・・。 [1/17]
Vol.25 寒は明け、三寒四温の候 梅見の季節・・・[2/18]
Vol.26 
春は名のみの風の寒さや 桜の開花遅れる予報 [3/18]
Vol.27 
花冷え多かった今年の春、八重桜咲きはじめ・・・[4/14]
Vol.28 若葉、 青葉、目にしみる・・・ [5/12]
Vol.29 早くも沖縄では梅雨明け・・・ [6/24]
Vol.30 記録的な長雨続くも各地で山開き、川開き、夏まつり[7/30]
Vol.31 冷夏、二度目の梅雨明け、そして酷暑。 [9/4]
Vol.32 冷たい夏、暖かすぎた秋、この冬は・・・。[11/25]
Vol.33 心配される地球温暖化 [12/25]


 


 その二.<花は紅、柳は緑>   亮.H  [4/26]

 三日見ぬ間の桜かな、春に三日の晴れ間なし、などと昔から言われてい。しかし、今年関東地方は、五〜六分咲きの頃に花冷えどころかみぞれまじりの雪まで降り、お陰で花見が例年より一週間以上楽しめたし、雨も少ない春だった。

新緑の木+クリックすると大きく表示
つつじ+クリックすると大きく表示
山吹+クリックすると大きく表示 四月中頃には都心でもツバメを見ることが出来、今や花は咲き乱れ、緑は日一日と鮮やかさを増し、早くも初夏の陽気である。住宅街の庭先や公園には、山吹き、れんぎょう、すおう、雪柳、それに石垣に咲く芝桜、色とりどりのつつじと正に百花繚乱である。
  日曜日近くの小学校の門をくぐり、校庭を散策していると、小さな池の中を三,四年ぐらいの姉弟と思われる二人が熱心に覗き込んでいる。肩ごしに見ると、オタマジャクシの卵がひっそりと息づいているのに驚き、「これなんだか分かる?」 二人とも首を振りながら「知らない」とのこと。さすがに二人とも蛙は知っていてが、オタマジャクシは見たことがないと言う。
 良く手入れされたパンジーやビオラの花壇。風にゆれる菜の花、藤棚の美しい藤を見ながら、確かに歩いて行ける距離には、田んぼも小川もない環境からすれば無理もないかと、考えさせられた一日だった。
 近年多く見られるようになった、街路樹のハナミズキの白やピンクの花影も美しい。
 それにしても交通量の多い幹線道路に続く、黶A銀杏並木のみずみずしい新芽、若葉を見るとその生命力には、ただただ驚き、感動すら覚える。歩行者やドライバーにどれだけ安らぎを与えてくれていることか、いとおしくさえなってくる。
 また、楠の芽のなんとも言えない色の変化は日々飽きない。子供の頃、楠の実を小さな竹筒に込め、楠鉄筒として遊びまわったものだが、今の若者に話してもその思い出がなくさびしい限りである。
 通勤電車から見える柿の若葉が陽光の浴びて照り返る姿も実に美しい。知っている人も多いと思うが、この小さな若葉は天ぷらにしても大変美味しく、薬膳料理として血圧を下げる効用が伝えられている。
ハナミズキ+クリックすると大きく表示
新緑と東屋+クリックすると大きく表示
 スーパーで求めた竹の子の皮をむきながら、子供の頃は遠足や運動会のオニギリは竹の皮や葉蘭に包まれていたことを思い出す。これらは大昔から伝わってきていたとのこと。だれがどうしてこれらの持つ防腐力を発見したのだろうと考えるだけでも興味につきない。
 また、父が青竹の筒で酒を暖め、竹の子とメバルの煮つけを美味しそうに食べ,手づくりの竹の盃を傾けていた姿をなつかしく思い出す。
 麦の入った竹の子ごはんを食べながら、貧しくとも子供心に豊かな季節感を味わっていたものだ。
 

 芽を吹き,花を咲かせ、実をつけ、このことを長年命ある限りくり返し、植物自身は何の代償も求めず、人間を助け楽しませ、鳥や動物、自然界の全てに無償の贈り物を続ける、この姿はなんなんだろう。己の姿と比べると恥ずかしくことばもない。
 われわれの祖先は、現代人が忘れ失っている自然界への畏敬の念を持ち、生きとし生ける万物に接してきた。その証に、各地に伝承されている様々な神事・祭りがある。
 我々もこれら自然界の営みに目を向け、思いを馳せ、感謝の気持ちを持つ心を子どもたちに伝えていかなければと強く思う。

新緑のもみじ+クリックすると大きく表示