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私は自分の浅知恵に、ほとほとあきれることしばしばです。 もともとこの住人たちは、冷涼な気候を好み、適度の空中湿度をたもつ落葉樹などの林縁あたりに、ひっそりと咲く、奥ゆかしいものたちなのです。コンクリートやアスファルトで装われた街、排気ガスのよどむ環境などでは、きっと、息が詰まりそうなのではないかと思いやっているのです(本当の思いやりは、自生地に置くことなのですが・・・・・・これらを栽培するのはエゴイスチックと自責しながらの半世紀なのです)。この思いやりが、むしろ、相手を苦しめていたように思うことがあります。
花の後、この植物たちは、とうぜん実を着けようとします。しかし、もう、これ以上の苦労を、この草たちにはかけられません。一年草ならそのまま実を着けてもらうのですが、多年草なので、実を着ける力の分を、少しでも負担を軽くしてあげようと考えました。実になる部分をすぐに摘み取りました。
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作物の「花を摘む」という作業は、高校生のときまで、生家の畑でジャガイモや葉タバコ栽培の手伝いをしていた経験からごくあたりまえの発想でした。 体験は、時に、功罪半ばすることがあります。観念を固定化することがあるからです。
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葉タバコのその後が、いつまでも脳裏からはなれません。株の元からてっぺんまで、一本の茎から40〜50枚の「葉」を収穫した後、作業上、畑から引き抜き、畝溝に倒して埋め込みます。
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