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『手の平を返す』ガクアジサイ
――― 植物のイデアA―――
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梅雨も、そろそろあけようとしています。梅雨があけると、人々はアジサイにたいする関心が薄れ、生えていることすら、つい忘れがちです。アジサイは、この季節の移ろいと、まるで道連れのような定めを持つ植物です。
そんな中、アジサイの一種「ガクアジサイ」は、奇想天外な、とんでもない芸当を見せてくれます。「手の平を返す(=掌を返すとも書きます)」のです。それも180度の回転です。表と裏を、みごとににひっくり返すのですから、びっくりです。
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その扇の舞をする「手の平」の部分というのは、ガクアジサイの、あの「ガク」のところです。いわゆる花と呼ばれる真中の丸い小花の集まり(=散房花序)を、大きな王冠で飾るように囲んでいる、あの外側のところです。絵皿に例えるなら、丸く縁取るモザイク模様の美しさです。
ガクアジサイでは、この「ガク」が目立ちます。一かたまりの散房花序を囲む「ガク」の数は、大きい花で7〜8柄(へい)もあります。一柄(え)には、4枚の「ガク」片が、四葉のクローバーが開ききったような形で広がっています。1つの花を8柄で囲むというのは、4×8=32枚もの色鮮やかな「ガク」片で飾るというわけです。
梅雨のさなか、人の目線が、雨の続く緑一色のなかにあって、一瞬、惹きつけられるのも“むべなるかな”というところです。そういえば、一柄四片の「ガク」を、まとめて「飾り花」と呼ぶと書いてある書物もあります。
ガクの色は、株によってさまざまです。真っ白のものから濃紺のもの。なかでも紫紺のものは、清少納言なら「いと、をかし・・・」というところ。
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実は、「手の平を返す」とき、このガクを支える、か細い「柄」を巧みににじり、表と裏をひっくり返すのです。ですから、4枚1組の「飾り花」が、見事にバランスを崩すことなく、舞うことができるのです。
表の色と裏の色は、やはり微妙に違っています。七色変化とまではいきませんが、気をつけて見ると、舞の前と後では、はっきり違っています。鮮やかさから、やや、くすみへという感じでしょうか。まことにデリカシイに富んだ変化です。
『手の平を返す』というと、私たち人間の世界では、ごく短い間に、態度をすっかり変えるとか、周囲の様子が変わったから、それまでの言動をガラリと変えるなどのように、無節操、無定見の様子を形容する言葉です。良いイメージではありません。
ところが、アジサイの、ガクを180度回転させるこの動きを表す言葉として、もっとも似合う言葉は、他に見つかりません。舞を舞う・・・そう思ってください。
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叢状のガクアジサイの大株には、200〜300個もの花を付けるものもあります。同株でも、それぞれの花の咲く時期にずれがあります。まだ蕾のものもあれば、すでに舞を終えたものもあります。
私は、胸ポケットに万年筆型50倍ルーペを持ち歩きます。1つ1つの花を詳しく見ると、まだ「手の平返し」をしていないものと、すでに「返したもの」との間に、大きな変化があるのを知りました。それは、花にとって、そして植物そのものにとって、とても重要事であることが分かりました。
それは、本物の花にあたる散房花序の花の1つ1つに、はっきりした形の「蘂(しべ)」が伸び、雄しべの先の葯(やく)には花粉が着いているのです。微風に揺れ、ルーペの下では、葯と花粉が、まるで秋田竿灯祭りのような賑わいです。さざめく声まで聞こえてきそうです。その祭りのさなかにあるとき、王冠で囲む「ガク」は「おもて」を向けています。祭りは、強い雨がなければ4、5日は続きます。
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雌しべ、雄しべのお祭りが済んだ花の「ガク」は、2、3日かけて裏返りするのです。まさに手の平返しで、もとの位置と形になっています。
株から少し離れて眺めると、1cmに満たない小さな小蜂が、何匹か飛び回っていました。ときに、ずんぐりした体形の茶色の蝶も花の上にやってきます。小蜂や蝶がやってくるのは、きまって、手の平を「おもて」にしている「お祭り中」のところでした。
「うら」を見せるのは、来訪者たちへの、せめてもの遠慮のご挨拶なのかもしれません。植物にイデアを感じるひとときです。
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ルーペで不思議を見ました。飾り花の四片のガクの中心部に、小さなしべと花粉を付けた、ミニ花があるものがあるのです。200
分の1 ぐらいの割合でみられます。ほかの多くは、4片のガクの中心部に、仁丹粒ほどの玉が1つ載っているだけです。
どこまでも不思議な世界です。
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[ちょっと一言]
お願いがあります。
少し山深い清涼な小川や谷間に見られる「タマアジサイ」も、もしかすると、「手の平返し」をしているのではないかと思うのです。どなたか教えてくださいませんか。
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| by
F.KOMAKINE |
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