Vol.1 百合の引っ越し
Vol.2 『手の平を返す』ガクアジサイ
Vol.3 遅れてくる子たち
Vol.4 「実を着けるということ」
Vol.5 「産まれたところが一番<前編>」
Vol.6 「産まれたところが一番<中編>」
Vol.7 「産まれたところが一番<後編>」
Vol.8 オキナグサの「啓蟄(けいちつ)<前編>
Vol.9 オキナグサの「啓蟄(けいちつ)<後編>

Vol.10コケリンドウ
















 

――― 植物のイデアI―――  
   
        コケリンドウ
  



 
 

 この草は、自分で選んだ所から動こうとしない。生まれ故郷が大好きという性質がみられます。
 リンドウの仲間には、一般にこの傾向があるようで、移植をとても嫌います。人間の手が加えられ、園芸化されたものは別として、ほぼ野生を保っているリンドウ科の草々は、似た性質を持っているようです。
 例えば胃腸の民間薬として定評のある「センブリ(=トウヤク)」を、年間3トンも出荷するといわれる長野県でも、その多くを自生のものに頼っているといわれています。研究はされているようで、人間がタネを蒔いて、自生地そっくりの条件を整えてやっても、思うようにはならないということです。

  故郷で、星形五弁で濃いめの、紫の花をつけたセンブリに魅せられ、根元部分を10cmの立方体の角切り豆腐のようにして、大事に東京郊外に運んできましたが、こちらの空気に触れて一週間頃から、花に変化が現れ始めました。生気がなく、花弁の先端が黒くなり、ちぢみがかってきたのです。
 「つぼみ」まで萎縮が見られ、その年、周囲にタネがこぼれるのを期待しましたが、失敗に終わりました。二年草なので、その年の花と実が充実し、年内に新芽が成長していないと、翌年にはもうその姿はないのです。
 この草たちの生えている自然条件にできる限り近付けながら、次の年、さらに次も・・・幾度が試みましたが、失敗しました。
 こうして、ふるさとの凛とした姿のセンブリに拒否されました。



 
 

 今から二十数年前の四月半ば、箱根・乙女峠の日当たりのいい道端の草原で、とつぜんでしたが、まるで薄紫の小さな丸いコースターをいくつも広げたような光景を目にしました。ハイキングの足を止め、腰をかがめました。
 驚きました。コースターに見えたのは、コケリンドウでした。陽光を受けて、一斉に花びらを開いていたのです。リンドウ類の花は、太陽に当ると開き、暮れるとまた閉じます。雨の日は、センサーがはたらき、閉じたままです。
 ルーペで見ると、一個の花は径25mmほどで、花弁がまるで十枚に見えるほど、五枚ずつの花びらと外花被片が等間隔に連なっていて、漏斗状の花なのです。それが、一株当り、小さいもので5〜6個、大きい株では、20〜30個もの花がこんもりと中央部を膨らませ、海中の皿状のイシサンゴが地上で輝いているように見えたのです。

 

 私の「悪い虫」が動きました。なんとか、我が家の家族にしたいと・・・。
しかし、センブリで罪を犯してしまいました。せめて、実が熟すのを待つことにしました。コケリンドウも二年草です。タネからと決めました。

 六月中旬、梅雨の晴れ間をみて目指す所へ向かいました。ルーペで覗くと完熟した実は、花からは想像もできない形になっていました。小さいけれど、マガモのくちばしそっくりで、川面で騒ぎ立てるときの、くちばしの先端をちょっぴり開き加減の、あの形なのです。
 開いたくちばしから、微妙な風向きによって、中から黄褐色の微細な粉状のものが吹き出てきます。粉・・・タネが、あたりに散っていきます。 
 そうっと、一本の「カモ」の「クチバシ」を傾け、採種紙に粉を分けてもらいました。
 様々の用土、日当たりと日陰と、東と西と・・・風のない日に、粉を振り分けました。
 梅雨明けも近くなったころ、蒔いた所を丹念に調べました。ダメでした。乙女峠の一日はムダだつたか。リンドウ科は難しい。あきらめていました。

 

 とんでもない所の鉢に、これまでには我が家で見たこともない、小さい小さい草の芽が出ていました。ハンンカチを四つ折りにして、几帳面に四方にロゼット状に配置したように葉を広げていました。ハンカチの一辺は2、3mm。慎ましやかに座っていました。コケリンドウが我が家に定着した時でした。

 それから二十年余り、毎年、好きな所に、好きなだけ生きていてくれます。
今年のロゼットも、もう大きいものでは一枚の葉が20mm以上にもなっています。
 いつの間にか、秋咲きのリンドウ(宿根性)も住み着いていました。

 

by F.KOMAKINE

 

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