こまきね流自然塾    筆者と共に、身近なところに宇宙の真理と神秘を探して見ませんか?

Vol.1 百合の引っ越し
Vol.2 『手の平を返す』ガクアジサイ
Vol.3 遅れてくる子たち
Vol.4 「実を着けるということ」
Vol.5 「産まれたところが一番<前編>」
Vol.6 「産まれたところが一番<中編>」
Vol.7 「産まれたところが一番<後編>」
Vol.8 オキナグサの「啓蟄(けいちつ)<前編>
Vol.9 オキナグサの「啓蟄(けいちつ)<後編>

Vol.10コケリンドウ
















 

『産まれたところが一番』<前編>
                ――― 植物のイデアE―――
 


 今回の主役はウチョウランです。そして、イディアを感じさせる場面は、文末のところです。

 <その一>の「後継者たち」というのは、このウチョウランです。モジズリのフロンティアで望外の喜びを得ているのは、私のところのウチョウランたちです。本来、栽培等などには不向きで、いたって気難しがりやのウチョウランが、あちらこちらの予想外の場所と鉢の中で芽を出し、3〜4年もすると野生らしい風情で花を咲かせています。

 このことの意外さを知っていただくために、ウチョウランの、ある自生地の様子をご紹介します。どんな植物でも、その自生地や原産地を見ることは、栽培上とても参考になります。
 例えば、山に生える植物といっても、山頂付近に生えているのか、腐葉土の厚く積もった麓にあるのかや、午前にだけ陽に当たるか、あるいは全日かなど、自然の自生場所・状況によって異なります。それを詳しく観て学ぶのです。その上で、家にいる「草たち」への陽の当て方、水やり加減、用土の性質・素材選び、四季折々の管理などの目安にします。こうして自生地観察後、鉢の置き場を変えたり、水やりを変えたりすることもたびたびです。





 もともとウチョウランの自生地は、関東以西の山地だと言われています。といっても、普通のハイキング程度の軽装備で行けるような場所ではありません。林中や草原、あるいは土壌豊かで草木が盛んに繁茂しているというところでもありません。水にめぐまれた河原のほとりでもないのです。むしろ、そのような水気の多いところは適さない植物です。
 ウチョウランの自生地の様子を語る裏話があります。色々な職場には、それぞれの業界裏話があるものです。事実ではないだろうとしながらも、きっとそうなんだなぁと思ってしまう類のものです。「ウチョウランの山採り」の話もその一つです。ロック・クライミングのような装備をし、命綱を用意して自生地に行くというのです。裏話というのは、山採りに行った専門業者が、岩場から転落して大けがをしたとか、亡くなったなどというものです。



 何年も前のことです。ウチョウランの自生の姿を観察するために、師匠の秋艸氏と出かけました。倍率の高い双眼鏡を用意しました。関東西部、妙義の山々のA地。たしかに樹木の生えているところから見上げること30Mあまりの高さ。屹立したむき出しの岩肌東南側に、花のある頭頂部を斜めに下げた6,7cmほどの小さな「野生」ウチョウランが着いていました。初めて目にし、体に軽い興奮の震えを覚えました。

 岩頭からやや下がったあたり、軽く岩に亀裂の入った割れ目にそってできた苔の堆積層に、3〜4本まばらに生えていました。花の着きかたも、栽培品と違って、それぞれに楚々とした風情・・・・・・2〜3個ずつまばらな形でついていて、時折吹く風にゆれていました。
 肉眼でもう一度見上げました。唾液を飲み込み、その場をなかなか立ち去るとこができできなかったことを思い出します。

 

 もう1か所自生地として知られている、千葉県南西部のN山です。ここのウチョウランは、古くからの地方名を冠して「アワチドリ」と呼ばれます。花の数の多さと、形の良さには特徴があり、愛好家の目を引きます。花の着きかたも、他のものが細い花茎にまばらに着けるのにたいし、早春に咲く洋種草花のムスカリに似た着き方で、房状にこんもりと着けます。
 花の形の良さは、左右に開く花弁の角度にあります。人間の眉毛で例えるなら、ウチョウランの多くのものは眉尻を上げた怒り顔なのに対してアワチドリの花弁は、きちょうめんな水平眉で愛嬌があります。小柄な草姿なのに、にぎわいがあります。貴重な花の一つです。(現地では、現在、乱獲による絶滅状態を回復させるため、保護対策をとっているということが、TV映像でも紹介されていました。いずれの地においても大事な事です)

 

 さらにもう1か所の自生地は、八ヶ岳の山腹、登山道に沿った崖上で、手の届くところに2本、楚々と生えていました。友人5人の山行きでしたので、
『これが貴重なウチョウランですよ!』と指差し、友人に叫ぶだけにして、手を引っ込めました。「山採り」の絶好のチャンスでした。強い自制心が必要でした。7年も前のことですが、今でもあの地にきっと生きている、と祈念しています。花が咲いていなければ、ただの小さな草にしか見えません。誰の目にも留まらないはずです。








  

 


 自生地の姿を見る限り、ウチョウランの植栽には、水はけの良いことがとても重要であるのが分かります。鉢植え栽培で失敗するのも、たいていの場合、球根をふくむ根まわりの水はけの悪さによることが多いようです。
 真夏でも朝夕冷涼な気象条件の山地とは異なり、ねっとりした熱帯夜のつづく東京でのウチョウラン栽培は、鉢を小さめにし、球根の周りを縦に並べた繊維質の素材(例えばイワヒバの枯れた根)で包むなどの工夫が必要です。そのうえ、使う用土も、自生地に似た条件に近づけるようにします。

 容量の大きめの鉢を使うのも失敗のもとです。一株当たりの土の量が多すぎることによる、多湿と通気性の悪さが主な原因です。多くは、球根と根ぎわの株元から腐っていきます。人は、大事なものを大事に育てたいと思い、つい、大きめの鉢にし、余分な肥料を与えてしまいがちです。子育ての親の気持に、どこか似ています。いちど芽の部分を欠いた球根は、再び新芽を出すことはありません。

 特に気をつけなければならない時期があります。梅雨時期です。体がまだ軟らかく、葉面は照り輝いていますが、産まれたばかりの赤ちゃんの肌のようにデリケートです。茎と葉の付け根にできるわずかなV字形隙間に溜まる水滴も、か弱なこのランを腐らせる原因になります。(自生のものの多くが、頭部を斜めに下げているのを見ます。絶妙な排水機構です。岩肌に生える苔とわずかな量の土で囲まれる根のまわりは、雨上がりと同時に水が切れていきます。)私たちは、鉢の中に斜めに傾いた草を育てようとはしません。つい、真っ直ぐにしたいものです。ウチョウランがもし声を出せるなら・・・・・・?

 

 

『産まれたところが一番』<その2>は前編・後編の2回シリーズでお届けします。お楽しみに。

 
 

―今週は、「こまきね流自然塾」を楽しみにご覧になっていただいている菊澤信子さんからのメールをご紹介します。―


『先日来、時々「fガーデン」におじゃましています。うちのミニガーデンにも春咲きと秋咲きのネジバナがあります。春咲きの方は何かにくっ付いて引っ越してきたもので、7〜8年くらい前にプランターの端っこに出てきたのがはじまりで、今まではご近所4〜5軒にも子孫を増やしています。もう、一方の秋咲きの方は今年の8月の終わりごろに長瀞のゴルフ場でキャディさんが「奥さんのお土産に」と言って芝生のすみつこに咲いていたものを抜いて主人に持たせてくれたものです。
 もつて帰ったときには、花がちょうど見頃でしたが、すこし高地に生えていたもので花の時期が遅いのかしら?くらいに考えていました。(もともとあった方はもう枯れていました。)
 先生のモジズリの説明を拝見して、春咲きと秋咲きのあることを知りました。これから、自然塾のプリントをHさんとMさんにお届けしようと印刷したところです。 (後略)












by F.KOMAKINE

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