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Vol.51きんや先生の雑木ばなし [11/1]

kinya

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柿喰って 思い出します ヒゲじいさん


 

 イーハトーボと宮澤賢治が名づけた岩手。
町村合併で昔の町名が消えて新しくなりつつあるが、
その賢治のふるさと「花巻」から、銀河鉄道のモデルといわれるJR釜石線に乗って陸中海岸に向かうと、約1時間で我がふるさと「遠野」に着く。
降りたい気持ちをグっとこらえ、目頭を押さえながらがんばっていくと、汽車は(電車ではない)再び山に向かって行く。

 どうせなら秋がいい。
雑木の多い山は紅葉が美しい。
猿の住む仙人峠を巡るように一旦「住田町」に入る。
「上有住」駅に寄り(カミアリスと読む)、汽車は下りながらいよいよ「釜石市」に入るのだ。

 製鉄所、漁港、そしてラグビーで有名な釜石だ。
鉱山のある「陸中大橋」を過ぎると「洞泉」「松倉」と駅が続く。
標高が高く、盆地で寒さの厳しい遠野と比べ、暖かいこの辺りの名産に「甲子柿」がある(カッシガキと読む、甲子町あたりの特産)。
 なにしろ寒い遠野には柿の木が少なかった(と、思うのだが・・・)から羨ましい限りだった。

 我が家はリンゴ農家で、直接販売もしていたので、よく釜石の方から「ショイコ」と呼ばれる行商の人達が立ち寄っていた。
 その中の一人に、洞泉からくるヒゲのおじいさんがいた。
名前は知らない。
家では「洞泉のおじいさん」と呼んでいた。

 そのおじいさんは毎年、秋になると「カッシガキ」を持って遠野にきて、我が家からはリンゴを仕入れていった。
 来る度にその「洞泉のおじいさんは」、小さい私を抱き上げヒゲをこすりつけては「メンケ、メンケ」(このあたりで可愛いという意味)と言って10円くれたのだ。

 4,5歳だったかもう少し上だったのかもしれないが、私は当然、その「洞泉のおじいさん」が、大好きだった。
 1週間に1度くらいも来ていたのだろうが、とても待ち遠しかったものだのだ。
10円玉とともにじいさんの持ってくる「カッシガキ」も大好きで、虫歯だらけの私は家で作ったリンゴは食べずに、柔らかくて甘い、子供には手ごろな大きさの「カッシガキ」をよく食べたものだった。
浅い木箱に新聞紙がひかれ、綺麗に宝石のように並べられていたのである。
 
 

 この「カッシガキ」は渋柿を室(むろ)の中で一週間ほど煙でいぶして渋を抜いたものだ。
大きさは直径6〜8cmくらいなので、真っ赤に完成した柿はまるでトマトのようだ。皮が薄く傷つきやすいので大事に扱い、早めに食べる。
 柿というものは干し柿とあんぽ柿のように加工されたもの以外はこの「カッシガキ」しか知らなかったので、青年になってから大きな山形の柿を見た時はビックリしたものだ。

   

 

 カキは日本や中国が原産。
外国でも『KAKI』で通じるという。
最近は日本以外でも栽培が始まったらしいが、世界的にはまだ珍しい果実の1つ。

 そういえばドイツから花の栽培の研修で来ていた娘たちは夜になると柿を取りに散歩を決め込んでいた。
近所の人達は見向きもしなくなって落とし放題の柿を拾いに行っていたのだ。
「おいしい!おいしい!なんで日本人はこんなおいしいものを採らないのか?」ってね。
 本当その通りですよ。何か忘れていますよ最近の日本人は・・・!

 

 ミカン、リンゴに次いで第3位の生産量だ。
「桃栗三年、柿八年」のことわざの通り、苗木を植えて本格的に収穫できるのが7〜8年。
甘柿は東北以南の温かい地方に多く、渋柿はもっと北のほうになるが、干し柿に最高といわれる「西条」は広島県の原産の渋柿だし、干し柿のひとつ「あんぽ柿」にされるのは「甲州百目」という、これも渋柿。
昔話によく出てくるほど馴染み深い果実。地方品種が1000種はあるといわれている。



   甘柿で特に有名なのは9割を占める「富有」は岐阜県の原産。
「次郎」は静岡県。

 柿の渋はタンニン。
「富有」や「次郎」は「完全甘柿」とされ、種が出来ないと渋みの抜けない甘柿は
「不完全甘柿」と言って滋賀県の「西村早生」や、皮の黒い栃木県の「黒柿」などがあるのだ。
 


 柿を食べるたびに思い出す「洞泉のおじいさん」。
私もヒゲじいさんになってしまいましたが、何十年か経って、花を見て私を思い出す人が一人でもでてくれるかしら?
やっぱり、10円玉を用意しなくちゃだめかな?