道草ノススメ      ”さんぽ人”によるお散歩レポート。一緒にふらりと出かけましょ?
その七.<京王線途中下車・蘆花恒春園> エフガーデン事務局 YOU

 夏の太陽が輝きを失って、涼風の立つ頃。空の青さに誘われ、京王線の電車に乗り込みました。途中、“芦花公園”という駅名に、「これって、もしかしたらあの徳富蘆花ゆかりの地 ? 」。ちょっと途中下車してみました。

 
   

 駅から15分ほど歩くと、“蘆花恒春園”にたどり着きます。
 周囲を武蔵野の雑木林に囲まれた、こんもりした丘状に、花の丘と呼ばれる公園があります。日曜・休日には、家族連れでにぎわうかと思えば、老夫婦がゆったりと散策を楽しむ姿もみかけます。
 

 徳富蘆花は存知のように、明治・大正期の文豪で、「不如帰」や「みみずのたはごと」などの著書で有名です
 蘆花は、明治40年、蘆花40歳の時にこの地に移り住んだと言われており、その後の昭和2年に没するまで、ここで愛子婦人とともに晴耕雨読の生活を送ったと言われています。その後昭和12年、未亡人・愛子婦人により東京都に寄贈され、東京都立公園としてその旧宅が往時のたたずまいを残し保存され、「蘆花恒春園」として、一般に開放されています。


庭園内にある松の古木

住居の母屋。この他に長い渡り廊下を隔て蘆花の書斎と夫人の居室があります。

蘆花と愛子夫人が後半生を過ごし た
家居入り口
 


『僕の家は出来てまだ十年くらい比較的新しいものだが、普請はお話にならぬ。其筈(そのはず)さ、先の家主なる者は素性の知れぬ捨て子で、赤子の時村に拾われ、三つの時には人に貰われ、二十いくつの時養家から建てて貰った家だもの。其のあとは近在の大工の妾が五年ばかり住んでいた。
 即ち妾宅さ。投げやり普請のあとが、大工のくせに一切手を入れなかったので、壁は落ち放題、床の下は吹通し、雨戸は反って、屋根藁は半腐り、些(ちと)真剣に降ると黄色い雨が漏る。
 越してきたのは去年の此頃雲雀は鳴いて居たが、寒かったね。日が落ちると、一軒の茅屋目がけて、四方から押寄せてくる武蔵野の春寒、中々春寒料峭位の話じゃない。
 国木田哲夫兄に与えて僕の近況を報ずる書「二十八人集」より』

               住居入り口の案内板に記された明治42年頃の近況

 
 友人を見送る時、自宅近くの神社までやってきては一本杉の辺りで別れを告げたと言います。その杉に、蘆花は“わかれの杉”と名づけ、遠方よりの友との別れを惜しんだそうです。当時の杉は切り倒され、平成9年、2代目の杉が植えられました。



銀杏の大木が枝を広げる
八幡神社の境内


大木の銀杏に、今年はこんなにたわわに実っています。

2代目“わかれの杉”

par1 新宿御苑でさくら酔い
par2 遠野の春
par3 故郷の春
par4 初夏の花園へ
par5 小海線沿線に花の大パノラマ
par6 避暑地・八ヶ岳に憩う
par7 京王線途中下車・蘆花恒春園
par8 神代植物公園
par9 等々力渓谷
par10 雪が降りました
par11 夢の島熱帯植物園
par12 鎌倉散歩 その1
par13 本州で一番早いお花見
par14 世界のらん展日本大賞2002
par15 おばあちゃんの原宿
par16 鎌倉散歩 その2
par17  くにたち―大学通りの桜並木
par18 金沢春のたび
par19 鎌倉散歩 その3
par20 久々の五月晴れ
par21 幻の吉野ヶ里
par22 海に面した花の美術館
par23 菊田博子アートフラワー展
par24 晩夏と初秋の狭間で―in kobutizawa
par25 バラクライングリッシュガーデン
par26 巣鴨駅周辺
par27 東京タワーに 'Xmasのイルミネーション
par28フラワーランドへ初春散歩
par29お年寄りが元気小伝馬町
par30 深川界隈を歩いてきました (8/8)
par31初秋の箱根路<箱根小涌園ユネツサン・ガラスの森美術館> (10/9)
par32四ツ谷界隈をあるいてみました (12/26)
●par33墓地で散歩 (3/12)

 この一画は、武蔵野の面影を今に残しており、クヌギクスノキサワアキニレカロリナポプラトウカエデなどの雑木林が数多く残っています。


珊瑚樹


ヘクソカズラの実

葉脈だけを残してうなだれるヒマワリ

姫リンゴ
 
 隣接の公園は、夏と秋の交代の季節です。
 秋の草花が風情たっぷりに咲いている傍ら、置き去りにされたままの“夏”が少し哀れで、心がいたみました。

ザクロ


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